今思えば僕が投資に全力投球するようになったのは、ピケティのお陰だと思います。あなたは読みましたか?「21世紀の資本」
著者:トマ・ピケティ
6000円もする本なのにベストセラーになって話題となりました。僕は一年ぐらい掛けてようやくこの本を読破したのですがホント読んで良かったです。
読んでいない方のために、答えだけを言うと、結論はこういうこと!
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r:投資からの収益
g:労働収入
ざっくり分かりやすく言えば、労働収入は資産からの収入に勝てないってこと。そしてこの差は、この先(2100年まで)どんどん広がっていくということです。その事実を600ページ以上に渡り、論理的に説明してくれているのがこの本です。
つまり、ここであなたの知りたい答えを書くと、この時代で、お金持ちになりたければ投資をするしかないってことです。
もっと言えば、収入を労働だけに頼っていると、いつまでも、お金に困る人生を歩むことになります。
このあたりは貴族と奴隷の時代から、何も変わっていません。貴族は奴隷にほんの少しばかりの賃金を渡し働かせ、自分達は何もせずに裕福な暮らしをしていました。
貴族=投資家
奴隷=国民
呼び方が変わっただけで、やっていることは何も変わっていません。けど、たったひとつ昔と違うことがあります。これが、決定的な違いです。
古代の奴隷は奴隷から抜け出したくても抜け出すことが出来なかった。けど、僕達には…
「選択の自由」
があるということ。抜け出したいと思ったなら、あなたの気持ちひとつでそこから抜け出すことが出来る。

僕だってそうだった。ピケティの本を読むまでは、資本主義社会の真の姿に気付かずにいた。だから世のため人のためという綺麗ごとを並べ労働者の自分を正当化していた。
当時から投資は行ってはいたけど、イマイチ本気じゃなかったのは自分は奴隷かも?とは考えもしなかったから。けど、ピケティの本で気づかされた。
銀行のために働き、電力会社のために働き、NTTドコモのために働き、大家さんのために働き・・・結局、古代ローマの奴隷と変わらないじゃないか!と。
気付いた僕は、こういった必要経費は、資産に払わせることにした。資産が僕の代わりに働いて家賃を払ってくれ、スマホ代金を払ってくれる。そして、労働で得たお金は好きなことに使おうと。
古代ローマの奴隷の定義って知ってますか?
「自分で自分の道を選択できない人」
そう記されています。
あなたには「選択の自由」がある。サラリーマンは奴隷だ!とか言っているアホな教授がいたけど、あなたは奴隷じゃない。
けどね選択の自由があるのに、その場に甘んじているのはどうなんだろ?