fecebook社が社名を「メタ」(Mata)に変更すると発表したことから…「メタってなんだ?」となりメタは「メタバースのメタ」だと知り、で今度は…「メタバースってナニ?」と世の中はなっているそうです。そこで今日はメタバースの話をしようと思います。
そもそもメタバースという言葉は造語なので個々で捉え方は違うと思いますが、一般的には「ネット上の仮想空間」という意味を持ちます。
仮想空間というだけなら今までも「セカンドライフ」などがありました。でも、そこに「メタ」が付いています。mataは「高次元」という意味を持ちますので単純に今までの仮想空間よりも上の次元ということでしょう。
例えばVRやARを使った仮想空間や最終的には一切デバイスを持たず脳内だけでコミュニケーションが取れる仮想空間が目指されています。
ただこれは、僕の考えるメタバースの意味でセカンドライフもメタバースだという人もいます。まあ、こういったネット上の仮想空間を総じてメタバースといいフェイスブック社はこれからそこへ力を入れていくということで社名を変えてきたということです。

ただ投資家の中では「今さら?」と冷めた目で見ている人も多く、実は、これまでもメタバースのようなサービスはいくつかあり、そのほとんどが上手くいっていません。その代表格がセカンドライフでした。
日本では2009年頃から始まった「アメーバピグ」がメタバースに近いでしょう。これも2019年にサービスを縮小するなど、決して上手くいっていると思えません。
逆に上手くいっているサービスとしては、何といってもフォートナイトでしょうか。これは元々シューティングゲームだったのですが今ではゲームの枠を飛び越えてプレーヤー同士が
自由に島(自分の空間)を行き来できるなど、現段階では理想的なメタバースに近いと言われています。

日本では任天堂から発売された、「あつまれ どうぶつの森」がメタバースに限りなく近いと思います。
他にもメタバース系のゲームは結構前々からありゲーマーの中ではすでに「生活の拠点」や「コミュニケーションの中心」となっています。
こうしたことから投資家の中では「いまさら感」が強くフェイスブックの株価を見ても買いは限定的でした。
ただ、こうしたメタバースの世界にもう一度、息を吹き込んだのがNFTだと個人的には思っています。
今までのメタバースは3DになろうがARやVRになろうが所詮は仮想空間でした。そこでどれだけ優秀でも画面の中だけの世界。実社会には何の影響もありません。これってある意味、むなしいですよね。
仮想空間のヒーローが実社会で借金を背負ったり失恋して我に返るというのはよくある話。しかしNFTが誕生してからは仮想空間と実社会がほんの少しだが繋がったように僕は感じています。
例えばゲーム内で手に入れた土地がイーサリアム建てで売れるようになっています。すると、ゲーム内で頑張った人が実社会でもお金持ちになれるようになってきた。
つまり仮想空間でお金を稼ぎ、それを円やドルに換金できるところまで来ているんです。この仮想空間と現実社会の橋渡しをしたのがNFTだと僕は思っています。
「お金を稼ぐ」という意味において、未だに竹やりで戦おうとしている人がいます。ある人は仮想空間でお金を稼いで、それを一瞬にして円に換金し生活費を稼ぐ。稼ぐ金額に上限はなくコツさえつかめば一日で数十万から数百万も可能となります。
一方。
ある人は昭和から変わらず朝7時に起き、満員電車に揺られ出社し上司と客に頭を下げて夜中10時まで社畜のように働き、また電車に揺られて家路につく。これでようやく20万円から30万円です。
時代はどんどん変化してお金の稼ぎ方も変わってきました。僕はメタバースがいまさら?と思う一方で、もの凄い可能性も感じています。それはメタバースというよりNFTに可能性を感じています。
個人的に思うのは、メタバースとNFTの相性は抜群だから。
今はそんな時代です。今回の選挙、相変わらず若者の投票率が低かったのですが僕は納得です。若者の多くはもう現実社会にはいないのかも知れません。メタバースの中へ生活の拠点を移している。だから現実社会で政治家が何を叫ぼうとも、どこか冷めた目で見てるでしょ。
あれは政治に関心がないのではなく、メタ…ひとつ上の次元へ行っているのだと思います。若者は上の次元から俯瞰してます。そして、笑ってます。そのことに中高年がいつ気付くかだと思うんです。

中高年は今こそ「マトリックス」を見ましょう(笑)20年以上も前の映画が今、現実になろうとしています。この映画の脚本家って予言者としか思えません(笑)だって20年前に誰がこんな世界観を想像しましたか。
そして、今年また続編が上映されるという不気味さ…次の20年を予言するものと思われます。